深海熱水噴出孔とは

図1.ブラックスモーカー
 地球の表面は、何枚ものプレートで覆われている。そのプレートの境界は、プレートの下にあるマグマが地球表面に姿を現す場所である。そういった場所では、マグマに含まれていた水分が、表面に湧き出していたりする。これが陸上なら「温泉」と呼ばれるのであるが、海底では「熱水噴出孔(hydrothermal vent)」と呼ばれることになる。いわば海底温泉である。

 地球上のプレート境界の多くは、海底に存在する。それは、プレートの誕生する場所である海嶺であったり、隣のプレートの下に沈みこんでいく海溝であったりする。熱水噴出孔は、こういったところにできる。

 熱水は、マグマに含まれていた水分が起源なので、硫化水素や重金属をたくさん溶かし込んでいる。これらが噴出孔の回りに沈殿して、煙突のような構造を作る。これを「チムニー」と呼ぶ。また、硫化水素と海水の成分が反応して、黒く立ち上る煙のように見えることがある。これを「ブラックスモーカー」と呼ぶ(図1)。数千メートルの深海底の高圧の環境で、300℃の熱水が沸騰せずに、黒煙とともに湧き出しているのである。

 熱水には、硫化水素が含まれている。そして熱水活動域には、この硫黄分をエネルギー源として生きている生物群が存在している。硫黄を酸化することでエネルギーを取り出しているバクテリアと、それを食べたり共生させて生きている、エビやカニ、チューブワーム、イソギンチャク、二枚貝や巻貝、そしてフジツボなどである。もちろん、これらの生物は300℃の熱水では生きられない。熱水からほんの数センチから数メートル離れた、硫黄分に富んだ部分で、生活しているのである。

 深海底には、ほとんど光がない。つまり、光合成を行う植物が生きられないということである。したがって、深海底に住む生物は、浅海域で生産された有機物のうち、消費されずに辛うじて深海に到達したプランクトンの死骸などを食って、細々と生きているのが普通である。真っ暗な海底に、非常にまばらに生物が点在していることになる。ところが、熱水噴出域では話が違う。チムニーを取り囲むようにして、チューブワームやエビが、非常に高密度に生息している。エビの大群がうなるように渦巻いて泳ぎ回っている様は、大量発生したイナゴさながらである。

図2.深海熱水噴出孔の分布
 熱水のフジツボは、太平洋とインド洋の熱水活動域から発見されているが、大西洋では見つかっていない(図2)。フジツボ類は大きく分けて4つのグループ(フジツボ亜目・ハナカゴ亜目・ブラキレパドモルファ亜目・エボシガイ亜目)に分けられ、熱水からはこれら4亜目全てが発見されている。ブラキレパドモルファは、従来化石種が知られるだけであったが、近年、南西太平洋の深海熱水域から唯一の現生種が発見された。

 これらの熱水のフジツボ類は、それぞれのグループの現生種の中で、最も原始的な形質を持っている。この原因は、中生代に起きた海洋生物の多様化と、それに伴う捕食圧の高まりによるものと考えられている。この多様化により、頑丈なハサミを持ったカニなどが出現し、貧弱な殻を持つ生物も捕食されるようになった。これから逃れるために、あるものは殻の枚数を増やしたりして装甲を頑丈にし、またあるものは、古い殻の形態を保ったまま捕食者の少ない深海へと逃れた。こうしたものの末裔が、現在の深海熱水域に生き残っていると考えられているのである。「深海熱水噴出孔はタイムカプセル」と言われるのは、そのためである。

2002年12月 上岡雅史

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